線や色、あるいは光や温度といった諸要素についての考察を通じ、自身の絵画を追求し続ける三瓶玲奈。知覚とイメージの問題を「線を見る」や「色を見る」といった個々のテーマに連ね、制作を積み重ねてきました。本展は、作家のスタジオで撮影された写真に、三瓶のテキストを挿入した初の書籍「スタジオと絵を思考する」の出版を記念して開催されます。十数点におよぶ新作群の展示は、各テーマを再解釈しF3号に統一して描き直すという作家の「スタジオピース」の実践が発展した形ともいえ、これまでの彼女の制作、および問題意識を改めて比較考察し、その差異がもたらす出力の違いにフォーカスを当てるスリリングな内容となっています。
「色と編む」と題された幅およそ4メートルに達するディプティックが鑑賞者を迎えます。「色を見る」あるいは「色をほどく」といった、三瓶の色彩にまつわる一連の実践において、色と対象との関係性から生まれる湿度の表現に取り組んだ作品です。同じ壁面には「色を見る」と題された水彩が並列の形で展示されています。ある固有のものに属する色という要素をよりシンプルに追求する本作は、「色と編む」で行われた色彩の解体と再構築のはざまで立ち上がる湿度や匂いの探求との間に対比を生み、互いの試みの輪郭をより強調する効果をもたらしています。
同じサイズのキャンバスで展示される「光の距離」と「The Face」では、石という立体と切り刻んだホログラムシートという異なったモチーフが、光の捉え方の表現に差異をもたらしていることが分かります。さらに、絵の「正面性」を意識したという「The Face」は、棚の木枠を「Body」とし、そこに嵌め込むことを想定したキャンバスを「Face」と呼んでいたという、2016年初制作時のエピソードも重ねられ、三瓶の現在地にも繋がるテーマの内包が喚起されています。
「持続する水面」と「Glass」と題されたセットではどうでしょうか。ベルクソン的な精神と物質の統合の座としての知覚の所在を自身の絵画で追求する三瓶は、描かれる水たまりのモチーフを個々の記憶に連なるイメージでもあることにおいて「持続する」と表現します。一方でグラスは、透過する光をコップの縁取りや底面などの造形的な関心に重ねて描かれ、それらの取り組みにおける問題意識を三瓶が明確に区別していることが示されます。実際に目に見えるものが平面になるとき、そこでは何が起こっているのか。何が引かれ、あるいは足されるのか。キャリアの初期の頃から抱き続けているという、これら絵画の立ち上がりにおける意識もまた、前述の「The Face」、あるいは光の反射とともに風景を立体的に構築する試みがなされた「Back to Front」に継続されています。
本展は、三瓶が長年スタジオで積み重ねて来た考察と実践の繰り返しを、書籍という形式を伴いつつ、展示構成として抽出する試みとなります。物質性を伴わないイメージを物質的に提示することが出来る絵画は、作家にとって知覚とイメージの探求を深め、自身の枠を超えて他者との対話を可能にする特別な場であるのでしょう。ベルクソンを参照する画家の直感が、イメージに肉体の場を想定した「The Face」の頃から既に垣間見えていたように、三瓶の過去と現在を繋ぐ作品群が展示空間の中で反射し、あるいは共鳴し合いながら、画家の歩む道筋を照らします。真摯に実践を繰り返し、自身の絵画と向き合う三瓶玲奈の制作およびその思考の展開をめぐる特別な展示となります。ぜひご高覧ください。
*会期中に一部展示作品の入れ替えを行いました。