この度、TODA BUILDING内にYutaka Kikutake Gallery Kyobashiとして2つ目のギャラリースペースを開廊することになりました。2015年、生活文化誌「疾駆/chic」の刊行とともに、日々の生活に宿る価値観と芸術文化が蓄えてきた知恵との融合を目指しながらギャラリーとしての活動をスタートし、ギャラリープログラムを本格始動して以降の7年の間には「疾駆/chic」とともに、教育プログラム「アートクラブ」の活動をスタートし、特に子ども向けのワークショップを定期的に開催してきました。芸術がより豊かな生活へのひらめきのきっかけになってほしい、作品に触れ解釈を共有することで多様性を肯定し合える場所を作っていきたいーそうした信念をもってギャラリーを運営してきました。
今回、京橋にて新たなスペースを開廊するにあたり、奈良美智さんに最初の企画のご相談をしました。作品の中に自分自身の姿を誠実に示し、既成概念にとらわれることなく常に新しいものを生み出し続けてこられる奈良さんの力強い活動からは、常にたくさんのことを学び続けてきました。2021年に六本木のスペースにてグループ展「Youth(仮)」をキュレーションしていただいた際には、世代と国を超えた作家の作品による斬新なインスタレーションを企画していただき、そのエネルギーは当時コロナ禍の私達の生活と思考に新しい流れを与えていただいたと、今振り返ります。京橋のスペースでは、これまでのプログラムを幹とするなら、その枝葉をより広く開き未来に向けた活動を行っていきたいとお伝えしたところ、自然の近くに身を置き、そこを想像力の源泉としながら、時代に左右されない何か普遍的に存在するものの姿を表現しようとしている作家の展覧会を開催しようと返答をいただきました。
11月2日(土)から12月21日(土)まで、奈良さんが近年訪問を重ねる北海道の地にて出会った4人の作家の作品とともにグループ展「ささめきあまき万象の森」を開催しますことをここにご案内させていただきます。本展を通じて、自然が宿す精神性に導線を持ち、時代に左右されない普遍的なものの姿を追求することの尊さをギャラリー空間に顕在させます。
国松希根太さんは、北海道・白老町を拠点に、周辺環境のフィールドワークを重ねながらそこで見出した線や形を様々な尺度に置き換えるような作品を現地で入手した素材を用いて制作しています。本展では、自然に潜在する造形美やその物質的感触を湛える木彫を発表します。斉藤七海さんは、自然と人間との境界、そこで生まれる神話などの物語をテーマに陶器作品を発表しています。最も身近な自然物として自身の身体を起点に据え、樹木や岩、そして自らの身体のメタファーとして本展にて発表される作品は、野生と人の命との境界を問うようです。奈良美智さんは、近年作品制作の拠点の一つともしていている洞爺湖畔の町に今夏滞在しながら制作したドローイング作品を発表します。そこに描かれたものは、自然に住まう精霊のような出で立ちで鑑賞者ののびやかな想像力を誘う、本展の導き手のようでもあります。渡辺北斗さんは北海道・別海町で牛飼いを家業とするなかで自身の精神的な充足のために北方に伝わる神々の木偶の制作をはじめました。制作を重ねるなかで北海道に伝わる神話や民話から着想を得た独自の木偶も手掛けるようになりました。今回展示される作品は、歴史や自然の積み重ねと人との対話の深層を伝える語り部のようでもあります。BOTANさんとsumireさんは函館を拠点に植物を用いた空間構成やインスタレーションを実践しています。過疎などを理由に人が離れた場所が自然に還ってゆく過程で繁殖する植物を素材に、人の空間のなかに再び植物を持ち込むようなインスタレーションを行うことで、両者の生命の交差点を提示します。
絶え間ない生命の循環が生み出す自然は、そこでこそ感受できる振動やささやかなざわめきが溢れ、謂わばそのような普遍性をもって存在していると言えます。私たちは、そうした自然とともにあることで新たな気付きや驚きを覚え、自らのうちにも潜在する普遍性への小径を見出していくことができるでしょう。今後永く続いていくギャラリーの姿の道標となる、スタートにふさわしい展示となります。是非ご高覧ください。
【出展アーティストについて】
国松希根太
1977年、北海道生まれ。多摩美術大学美術学部彫刻科を卒業後、2002年より飛生アートコミュニティー(北海道、白老町)を拠点に制作活動をしています。近年は、地平線や水平線、山脈、洞窟などの風景の中に存在する輪郭(境界)を題材に彫刻や絵画、インスタレーションなどの作品制作をしながら、「Ayoro Laboratory」(2015-)の活動としてアヨロと呼ばれる地域を中心に土地のフィールドワークや、飛生アートコミュニティーにて結成されたアーティスト・コレクティブ「THE SNOWFLAKES」(2020-)の一員として活動を続けています。
斉藤七海
1996年大阪生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現修了。2023年グラスゴー芸術大学交換留学。陶芸と金属を使用した彫刻で、自然と人工の境界を行き来するような作品を制作しています。今の時代に「完全に自然な場所」は無いのではという問い、人工と自然の距離感や関係性への疑問を反映した作品制作を続けています。その姿勢は屋久島でのフィールドワークを通し、屋久島の樹々をモチーフにした彫刻作品「The Forest」、そして本展で展示される害獣駆除用の網を用いた作品にもつながるものです。
奈良美智
1959 年青森県弘前市生まれ。1987年に愛知県立芸術大学大学院修士課程終了後、88年にドイツに渡りデュッセルドルフ芸術アカデミーに入学。奈良の作品は、「生産・流通システムや、職業という考え方、富の蓄積といった点で今とは異なる社会を求める態度」に裏付けされながら、「多くへの呼びかけと一人への呼びかけという二つの性質」(「地と図と戦争:奈良美智の絵画」、蔵屋美香、『奈良美智-SELF-SELECTED WORKS-PAINTINGS』 参照)を持ち、美術史に留まらない重要な視野を切り開いてきました。その活動は、「今ここ」から絶えず離れながらも、現在を照らし出すという困難を積極的に引き受けながら、多くの鑑賞者の心に響くものとして展開、比類ない評価を得ています。
渡辺北斗
北海道別海に位置するウルリー牧場を運営する牛飼いであり、木彫り作家です。農夫が閑散期に行うペザントアートのような手法で作品を生み出しています。創作における大きなインスピレーションのひとつを北海道とロシアのサハリンに住む少数民族であるウィルタ族の木偶「セワ」とし、「セワ」という言葉が神や精霊を意味するように、奇妙さやミステリアスな違和感と霊的な魅力を内包した作品を制作しています。共通の世界観、ナラティブを有した作品が近年注目を集めています。
BOTAN&sumire
北海道函館市在住。共に身近な環境から採取した植物を用いた表現を行っています。BOTANは植物そのもので空間を設え、sumireは植物が持つ色を布やキャンバスに描く作品を制作しています。 2022年に花屋を閉店したBOTAN は、以降、日々の野外活動から花だけではなく、野山や街中であふれた植物を捉えるという視点に移行し、人と植物の関係性を観察。人と人が交わる場で植物による空間の設えを続けています。sumireは街中に繁茂する植物や駆除対象の草花などを積極的に使用した染色活動を2022年よりスタートさせました。独自に実験を重ねた染色方法により生み出したファブリックパネル作品の他、制作の過程で発生する出がらしを使用した立体的な作品をBOTANと共同で制作しています。