向山喜章

Inishie・7

Past
Yutaka Kikutake Gallery, Tokyo
2024年8月3日(土)- 9月7日(土)
12:00 - 19:00 日・月・祝 定休

*8月11日(日) - 19日(月)は夏季休廊いたします。
Opening reception:8月3日(土)17:00-19:00

 

 

本展「古・7」(イニシエ・シチ)*1は、昨年開催された個展「Candle Flame・9」(キャンドルフレーム・キュー)で幕を開けた向山の新境地「祈りのひかり」三部作の第二弾となります。七という数字、およびキャリア初期からの永いプランを原案に、普遍性ある名作『七人の侍』を御仏(みほとけ)の尊格(そんかく)に姿を重ね、抽象芸術として展開しています。Inishieと題した本展中核を成す新作七点、映画の印象的なエンディングから着想したNijisame七点、ほか数点の新作群によって構成された展示空間に挑みます。

 

石灯籠が立ち並ぶ景色、樹齢千年余りの杉木立に守られた荘厳な奥の院、祈りを捧げる僧侶の姿 – 高野山で幼少期を過ごした向山にとって、御仏の姿は密教美術とともに身近で、かつ重要な存在でした。生きたまま仏となる「即身成仏(そくしんじょうぶつ)*2」を本願とする密教の教えに親しんだ向山は、百姓を守るため無償で奔走する映画『七人の侍』に、まさに七体の走る御仏の姿そのものを観たようです。サイズも様々なキャンバスには、七人の登場人物に御仏の名前を重ねたサブタイトルがつけられています。丸の形象を主に用いた表現は、作家が2023年に発表した”Marugalate 53kk – INISHIE”を引き継ぎ、発展させたものです。作家がこれまで偶数を用いて正円や楕円を表現して来たことに比して、Inishieシリーズが挑んだ七という奇数は、「よい城にはきっと隙がひとつある。」という勘兵衛(侍の長)の言葉が元になりました。また、七回唱える「真言(しんごん)*3」という祈りの教えをはじめ、真言密教において重要な意味を持つ七という数字に祈りを込め、作家もまた七回色を塗り重ね、作品を完成させています。僧侶の袈裟を喚起するような渋く深い色合いを持つInishieシリーズに比べ、その深みを持ちつつも鮮やかな七色に輝くのがNijisameです。雨の中の決戦、勘兵衛が曇天に放つ「雨の弓」は、モノクロームのスクリーンを深みある虹色へと照らしていたかもしれない、という着想がもたらしたこれら作品群は、壁面に設置された白い中空の箱の上部に立ち並んでいます。この白い箱は、百姓の象徴である白米をイメージしています。この作品Nijisameを向山の芸術の素地から長く敬服していた作家、故・原口典之氏へ捧げています。向山は年少期、原口氏と高野山で出会いました。ワックスを充填し、あるいはキャンバスに幾度となく色を流し重ねる制作手法は、原口氏の実践に大きな影響を受けているのかもしれない、と向山はいいます。本展における芸術家・原口氏への敬意は、彼が来年に向けて展開する「祈りの三部作」締めくくりの布石となることでしょう。

 

「七とは死地でなく、至知にあれ」- 天啓的名作『七人の侍』に圧倒されて生まれた本展は、曼荼羅を思わせるInishie七点、およびNijisame七点を軸に、混迷を極める現代社会に向けられた作家の視点とその深い宗教観とが融合した芸術空間として完成しています。作品は普遍的な祈りを喚起するものでありたい― 歴史ある信仰とアートへの尊意を併せ持つ向山喜章は、清き志の侍に荘厳な七体の尊格を重ね、世界を照らす「慈愛のひかり」を作品の姿によって差し出そうとしています。

 

*1「古」… いにしえの解釈は様々。ここでは、神仏と先祖、先人、及び、古典芸術の名作と先の巨匠への尊意を記す。

*2「即身成仏」…真言密教で、現世における肉体のままで仏となること。

*3「真言」…密教で、御仏(みほとけ)への真実の言葉。また、秘密の祈りの言葉をいう。