支持体の「ズレ」をはじめとする不規則な要素を絵画に持ち込み、鑑賞者による様々な解釈を可能にする田幡浩一。彫刻、写真、ドローイングなど多様なメディアを用いて認識の回路を巡る考察を投げかける磯谷博史。「ズレを設計する」と題された本展は、田幡の絵画作品と磯谷の額装写真によって構成されます。本展のために着想・制作された二人の作家による「空」をモチーフとした新作群は、磯谷が撮影した写真を出発点としつつ、互いが互いを言及するような方法で制作され、オリジナルの不在によって支持された同語反復的な構造の中に鑑賞者を誘います。また、本展では田幡による単独の新作絵画も同時に発表されます。
二つの支持体に描かれた空の風景が4点壁面に並んでいます。2016年より田幡が取り組む「one way or another」シリーズの手法に沿って制作された本作品群は、全て磯谷が撮影し、さらにセピア色に減退した空の写真を元にしています。山岳にかかる雲、飛行機の飛ぶ上空、あるいは日暈(ひがさ)- 磯谷によって切り取られた情景がドイツに送られ、今度は田幡独自の視点を通じた絵画として表現されました。イメージの補完と再構成への誘惑を醸しつつ、鑑賞者を宙吊りにするような田幡の絵画は、二次元上の絵画空間のみならず、時間のズレ、意識のズレといった次元空間へと延長し、時間と空間における別の在り方や動きにつながる視座を提示しています。そこに描かれるのは静的なイメージというよりも動的な状況であり、それぞれの鑑賞者の脳内に立ち上がる固有の体験ともいえる風景です。
一方、田幡の描いたこれらの絵画を今度は磯谷が日本で撮影した写真作品が、同じく4点並んでいます。写真をセピアに減退し、抽出した色を額の一辺に塗ることで元の色合いを喚起するという、作家がこれまでに取り組んで来た写真作品シリーズの手法に沿って制作されました。額という装置に着目することで、写真という切り取られたイメージをオブジェとしての生々しさとともに提示する本作は、額に塗布された色が原風景を喚起しつつ、元のイメージには決して辿り着けない構造と、その再現が鑑賞者の「今ここ」で行われることの現前性という観点において、田幡が取り組む絵画表現と共通するものがあるでしょう。さらに、田幡の描いた空の風景の起点となった磯谷の写真は不在のままです。つまりここでは、オリジナルの色やイメージはどこにも存在しておらず、田幡が想像で組み上げた空の色と図像を、さらに磯谷が撮影するという仕組みによって、そこから抽出される色合いにもさらなるズレが生まれ、起点となったイメージへ回帰することはより一層難しくなっています。本展におけるオリジナルの不在は、個々の作品におけるイメージの復元不可能性の中に鑑賞者を留め、またそれゆえに、各々の体験のオリジナル性を強調する特殊な回路を作り出すともいえるでしょう。
ズレを設計する − 互いが互いの着想となるトートロジー的な構造を土台としつつ、そこから少しずつズレていく仕組みの中に鑑賞者を誘い込む – それぞれの脳内で立ち上がるイメージや色彩は、そのとき個々の固有性に委ねられた「出来事」のような意味合いを帯びるのかもしれません。
イメージの認識を巡る実践に共通項を持つ田幡浩一と磯谷博史。共に国際的に活躍する二人の作家による挑戦的な企てにぜひご注目ください。