Between
Yutaka Kikutake Galleryでは、ニューヨーク、ブルックリン在住のリー・マキシーおよび、東京を拠点に活動する楊博(ヤン・ボー)による二人展を開催いたします。二人の画家に共通するのは、絵画という媒体を通じて表現される、ある対象と別のものとの境界や、距離感へのアプローチです。現代社会に生きる誰もが親近感を抱くようなパースペクティブ - ポップカルチャー的アイコンから、部屋の窓枠が切り取る日常の風景まで - がモティーフとして登場するのも特徴的と言えるでしょう。本展Betweenにおいて、ルーツの異なる二人の画家がそれぞれの表現に取り組み、また近年の社会的変化や時代の流れに敏感に反応することで深度を増したその絵画的実践の成果を発表します。
1988年アメリカ合衆国アーカンソー州に生まれ、現在ブルックリンに活動拠点を構えるリー・マキシーは、日常と非日常、内と外など、境界のテーマに着目し制作を行って来た作家です。人々がどのようにそれぞれの視点で現実を見ているかについて関心を持っていると語るリーの作品は、切り取られた他愛ない日常の風景が神秘性を帯びる瞬間について考えさせるかも知れません。蔓延る低木が死による生への侵食を想起するSpector(2023年)、茂った草原と枯れた大地という異なる二つの状態の境界が印象的なUnmoved (2023年)をはじめ、エッグテンペラを用いて描かれる彼女の作品は、夢と現実の狭間を漂うような独特の存在感を帯びています。一方、Purgatory(2022年)(キリスト教の「煉獄」を意味する)に登場する柵は、自宅の窓から見えた角度で描かれると同時に拷問を連想させる構図となっており、極めて敬虔な家庭で育ち後に離脱したというリーが試みる、聖書的なシンボルに対する複数解釈の可能性が示唆されています。作家が制作に使用するエッグテンペラはまた、中世において宗教絵画が描かれる際の主要な媒体でした。見慣れたモティーフにこだわり、死後の世界と対照的な今ここにある日常風景に潜む神秘性を描き出す試みも、ある種の宗教教育への応答と言えるでしょう。
1991年中国湖北省に生まれ、2001年に家族とともに日本に移住した楊博は、これまで一貫して映画や音楽に代表されるポップカルチャーとその受容に関わる距離感をテーマに作品を制作してきました。実際にはとても遠くに存在する人物や出来事にも関わらず、心理的には極めて親密なものとして迫りくるそれらの肖像と、自身の生活風景を織り交ぜた独特の作品世界を構築しています。近年、作家は「Mood」という単語を思い描いた作品を手掛けていますが、本展でも新作を発表する予定です。論理や客観的な事実よりもムードによってときに人は動かされるという楊の言葉は、現代日本に蔓延する同調圧力的な空気や、小さなネットニュースが感情の連鎖を引き起こすような社会の様相についての考察をも含んでいるようです。SNSのLikeから着想を得たというハート型の新作群には、月やスバルのエンブレムなど作家が選んだモティーフが描かれています。既に歴史化されつつある対象に惹かれることが多いと作家自身が語るように、毎日のように目にするLikeの表象は、我々の日常生活に内実化され、あるいは既に更新されつつあるアイコンであるとも言え、楊の鋭い感性に呼応した社会的実情の反映と捉えることも可能でしょう。
楊博の新作発表に加え、リー・マキシーの作品展示は、本展Betweenが日本では初となります。境界、あるいは対象との距離感というテーマを主軸に、アメリカ、あるいは中国および日本、という異なるバックグラウンドを持つ二人の画家が描き出す、みずみずしい絵画世界をぜひご堪能ください。
身近な対象に焦点を絞り、ありふれたものを支配的で神秘的な世界の奇妙なエンブレムとして歪めた形で描く。子ども時代の家庭環境における終末や死後の世界といった未来重視の価値観とは対照的に、現行の日常こそが神秘的で美しく、注目に値するものであることを示す意図がある。
日常の中に大いなる計画の兆しを見ることで生じる不安感を浮き彫りにすると同時に、平凡な世の中が十分に面白いものであることを強調している。
エッグテンペラが持つ美徳や宗旨を表現する手段としての歴史の延長線上に自分の作品を重ねている。今回も、これまで取り組んできた、感覚がいかに個人的(かつ不安定)なものであるかという課題を追求した内容になっている。-リー・マキシー
日常の中で、人と文化産物がどのような関係性を持っているのか、ということについての観察からインスピレーションを得ている。
主に都市生活においての、ポップな文化産物を受容する際の仕組みや、それにまつわる消費活動の手つきやマナーに着目し、それらを絵画制作の中でシミュレーションしている。
ポップミュージックから引用した言葉、SNS上の記号、スターのアイコン、パンクファッションのアイテムなどが、日常的な風景と組み合わせられることによって、その間にある距離や矛盾が違和感として現れ、ある不安定で振れ幅のある印象を与えるが、それをスリリングなリアリティとして提示することにチャレンジしている。-楊博
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【絵画鑑賞会 開催のお知らせ】
*定員に達したため、受付終了いたしました。お申し込みありがとうございます。
「絵画鑑賞会 楊博・山田康平の作品とともに」
ゲスト:佐原しおり(東京国立近代美術館学芸員)
タカ・イシイギャラリーとYutaka Kikutake Galleryによる共同プロジェクトであるアートクラブ主催のイベント「絵画鑑賞会 楊博・山田康平の作品とともに ゲスト:佐原しおり(東京国立近代美術館学芸員)」を7月8日の18時より開催いたします。佐原しおり氏をゲストに各ギャラリーにて出展アーティストとともに絵画を鑑賞する会です。参加者の皆さまからの質問にもお答えしつつ、展示中の作品を前にウォークスルー形式で行いたいと思いますので、椅子のご用意はありません。ご参加をお待ちしております。
開催日時:7月8日(土)18時 〜 19時30分
*Yutaka Kikutake Galleryにて18時スタート、その後タカ・イシイギャラリーへと移動します。
参加費:無料
定員:25名程度
お申し込みはGoogle Formよりご登録をお願いいたします。
山田康平
山田康平は、1997年大阪生まれ。2020年武蔵野美術大学油絵学科油絵専攻卒業、2022年京都芸術大学修士課程美術工芸領域油画専攻修了し、現在東京で活動を行っている。主な個展として、「それを隠すように」biscuit gallery(東京、2022年)、「線の入り方」MtK Contemporary Art(京都、2022年)、京都岡崎の蔦屋書店ギャラリースペース(京都、2022年)、「road」代官山ヒルサイドテラスアネックスA(東京、2021年)、「のぼり、おりる」ギャラリー美の舎(東京、2020年)。主なグループ展として「nine colors XVI」西武渋谷店(東京、2022年)、「biscuit gallery Opening Exhibition II」biscuit gallery(東京、2021)、「Up_01」銀座蔦屋書店 GINZA ATRIUM(東京、2021)、アートフェア「ARTISTS’ FAIR KYOTO」京都文化博物館別館(京都、2021年、2020年)に参加。主な受賞は、CAF賞(2020年)入選。
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佐原しおり
1989年東京都生まれ。東京国立近代美術館研究員。群馬県立館林美術館、埼玉県立近代美術館を経て2023年4月より現職。主な企画に「時代に生き、時代を超える 板橋区立美術館コレクションの日本近代洋画 1920s−1950s」(2018年、群馬県立館林美術館)、「アーティスト・プロジェクト #2.04 トモトシ 有酸素ナンパ」(2019−2020年、埼玉県立近代美術館)、「戸谷成雄 彫刻」(埼玉県立近代美術館、2023年)など。