Yutaka Kikutake Galleryは、9月1日から10月6日まで、豊田市美術館学芸員の鈴木俊晴さんをゲストキュレーターに迎え、杉山卓朗、花木彰太、本山ゆかりの3名の作家による「絵画」をテーマにしたグループ展を開催いたします。本展は2017年に開催した「Primal Reverberation」に続き、今日における絵画の根源的なあり方を問う企画です。
カール・クラウスという人がいた。彼は20世紀前半のウィーンにあって、第一次世界大戦の始終を、そしてナチスの台頭をまじかに見ながら、言葉で孤軍奮闘した。ごく簡単に言うと、彼は、自身が、あるいはウィーンの上から下までのあらゆるひとびとが、語り、書く言葉を、できうる限り厳密に用いようとすることで、逆にこの世界そのものの歪さや不条理さを浮かび上がらせることにその批評的命運を賭けていた。それは絶えず崩壊し続ける眼前の世界に抗うために選ばれた手段だった。
言語はわたしたちの内と外を接続する一つの手段である。それは外から与えられ、わたしたちを規定し、拘束する。いっぽうで、それは日常的に用いられ続けることで、なかば自発的に内から更新されていく。
かりにそこに絵画をあてはめてみたとき、絵画とはなんだろうか。それはわたしたちの何と何を接続するのだろうか。それは外から与えられ、わたしたちを拘束するものなのか、それとも、内からわたしたちを更新するものなのだろうか。
ここに並ぶ三人の画家は、絵画のあれこれをできる限り厳密に取り扱おうとする。そうすることで、絵画の原理に接近すると同時に、かえって、絵画の在り方そのものを組み替えている。本山ゆかりは「よい線」を、花木彰太は塗りとその表れを、そして杉山卓朗はかたちを決める手続きを、厳密に追い込もうとすることそれじたいが、それぞれにとっての絵画の手がかりであり、また結果としての絵画そのものとして、必ずしも理念的な絵画性とは違ったかたちで現れてくる。
流行語を羅列することが言語にたいしての厳密さではないのと同じように、この画家たちの絵画にいたずらに目新しさを求める必要はない。大切なのは、操作のひとつひとつが、それを支えているものが、あるいは逆に、それが支えているものが、何と何を接続しているのか、それらが外から与えられたものなのか、内から更新していくものなのか、そしてそれが何に抗っているのか、それを見定めようとすることである。
展覧会タイトルは「「paint ( )ings」」とした。日本語と英語の書法をないまぜに、絵画の外側と内側にカッコがある。「絵の具/塗り」と「絵画」のそのあいだに、あるいは「絵の具/塗り」が「絵画」にかわるそのときに、ここに並ぶ三人の画家たちはその作用にきわめて意識的である。厳密であるために、また自らの営為に意識的であるために、だからこそどこか歪さを孕んでしまう。したがって、留意されたい。いずれの画家も必ずしも日本/日本語に、あるいはかりそめの普遍性(グローバル・スタンダード)に立脚しようとしているわけではない。だから、このタイトルは別の言語に置き換えてもいい。たとえば、[ かい “ “ が ]。どうであれ、きっと彼ら、彼女たちは内側と外側のそのせめぎ合いのうちにその絵画を立ち上げていくはずだ。
鈴木俊晴(豊田市美術館学芸員)
杉山卓朗は、1983年千葉県生まれ。2005年に大阪美術専門学校研究科修了。近年の展示に、「織り目の在りか」(2018年、旧林家住宅、愛知、グループ展)、「周縁と方法」(2017年、五台山竹林寺、高知、個展)、「江之子島芸術の日々2017『他の方法』」(2017年、大阪府立江之子島文化創造センター、大阪、グループ展)がある。
花木彰太は、1988年愛知県生まれ。2014年に愛知県立芸術大学大学院美術研究科博士課程前期美術専攻油画・版画領域研修生修了。近年の展示に、「BORDER」(2018年、SHUMOKU GALLERY、愛知、個展)、「Dashed line」(2016年、岡崎信用金庫資料館、愛知、個展)、 「パープルームのオプティカルファサード」(2017年、gallery N、愛知、グループ展)がある。
本山ゆかりは、1992年愛知県生まれ。2017年に京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程油画専攻修了。近年の展示に、「東京・占い・ジャーニー」(2018年、volvo青山、東京、個展)、「Here and beyond」(2017年、国際芸術センター青森、青森、グループ展)、「裏声で歌へ」(2017年、小山市立車屋美術館、栃木、グループ展)がある。
鈴木俊晴は、豊田市美術館学芸員。1982年生まれ。主な企画展に同館での「村瀬恭子 fluttering far away」(2010)、「フランシス・ベーコン」(2013、東京国立近代美術館との共同企画)、「奈良美智 for better or worse」(2017)など。雑誌『疾駆』、ウェブ版『美術手帖』で連載。