百合圏
Yutaka Kikutake Galleryでは、2月18日(土)から3月25日(土)まで、小左誠一郎の個展「百合圏」を開催します。
ある晴れた日に、よく足を運ぶ海辺の外れで、白百合の群生地を見つけたことがあった。静かな野生、鋭利な生命。しばらく浴びてから、目の前の光景を脳に生け捕りにする。その日から、美しくも生々しいその体験と共に暮らし、数年後〈百合〉という絵の一部となった。
○△□という簡素なモチーフ、あるいは「UPO(Unidentified Painting Object=未確認描画物体)」という独自の概念が制作の中心を成す小左の抽象絵画は、自身とキャンバスとが対峙する時間を「試合」と呼ぶなど、ときに身体性を強く感じさせる世界観で表されてきました。「百合圏」と題されたYutaka Kikutake Galleryにおける三度目の個展となる本展では、数種類のマスキングテープを用いて制作された新作絵画を発表します。「描く」ことよりも「塗る」ことへとシフトしたという小左の意識は、「塗った絵具の厚み分だけ世界に陰影を与える」という言葉で作家自身が表現するように、抽象度を増した絵画表現として大いに発展を遂げています。
会場では、新作シリーズの起点となった〈百合〉の題を冠する作品が数点見て取れます。制作中のキャンバスを眺めながら、いつか見た百合の群生地を思い出したというこれら同名の作品について、しかしながらそれらは決して風景を抽象化したものではない、と小左は明示しています。風景を脳内で生け捕りにする - 彼自身の描写を借りれば ― ことが出来ていたからこそ題名がついたのであり、その逆はないという、画家の思考形式が端的に綴られた言葉です。
制作は、分割したキャンバスの面をマスキングテープで囲み、その中を絵具で塗ることから始まります。それぞれの四角は完璧に塗り潰されてはおらず、端が滲み、ところどころ色がはみ出しているのは、使用済みのマスキングテープを用いることで、その粘着のゆるみとキャンバス地の凹凸の具合が、絵具という素材の恣意性を引き出した結果です。貼って、塗り、剥がす ― 一連の過程全てが「塗り」を意味する、と作家が定義するように、これらの行為を積み重ねて作られた色面の構成は、その組み合わせに終わりはなく、厳密な意味で完成することもありません。テープで囲んだ四角い面を次々と色で塗りつぶすという単純かつ限定された技法が、かえって表現の自由度を高めるとともに、絵画空間に無限の広がりをもたらす要因となっているようにも感じられます。
先に四角を書いてから中を書く、という国構えの漢字が持つ特性と、本展構成の指標となった〈百合〉をかけ合わせ、小左自身が付けた「百合圏」というタイトルには、新作に挑む画家の着想が鮮やかに表現されています。2019年から小左が没頭しているという、風景を限られた字句で捉える「俳句」もまた、彼の絵画への考察に少なからぬ影響を及ぼしたに違いありません。「永遠に途中のような絵を目指している」と小左は言います。これまでの取り組みを足掛かりに、確固たる実践への思考と独自の技法とが融合した小左誠一郎の新境地をぜひご覧ください。
アーティストについて
小左誠一郎は、1985年静岡県生まれ。2011年東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻油画修了後、絵画を中心に国内外で展覧会を行う。以来、最小限かつ根源的な要素で構成される〇△□といったモチーフを繰り返し描く抽象絵画に取り組む。キャンバスや絵の具といったメディウムと真っ向から向き合う制作過程は、恣意性と偶然性、自律性と他律性を生み出し、奔放なストロークは矩形の外への拡がりを感じさせる。目の前のキャンバスと拮抗しながら絵筆をふるう時間は、小左が『試合』と呼ぶその過程の痕跡、残響として鑑賞者の前に作品として立ち現れる。
近年の主な展覧会に「UPO」(2020年、Yutaka Kikutake Gallery)、「NEW VISION SAITAMA迫り出す身体」(2016年、埼玉県立近代美術館、埼玉)、「絵画の在りか」(2015年、東京オペラシティ・アートギャラリー、東京)、「SLASH / square」(2014年、東京オペラシティ・アートギャラリーgallery5、東京)、「JAPANESE PAINTING NOW!」 (2014年、Kunstverein Letschebach、カールスルーエ)がある。